資料

遺言・相続

平成17年10月

遺言や遺産相続にまつわる法的な諸問題について解説しています。

第1章 相続の基本

  • 相続・相続人・被相続人・法定相続・遺言相続とは何か

    相続とは,死んだ人の財産を別の誰かに帰属させる制度をいう。その場合の死んだ人を被相続人といい,財産を引き継ぐ人を相続人という。 法は,原則として被相続人と一定の親族関係にあった者を相続人と定め,誰がどのような割合で相続するかを定めており,このような法律の定めに従った相続を法定相続という ただし,被相続人が有効な遺言を残しておけば,それによって一定限度で法定相続とは異なる相続方法を指定することもできる。このような,遺言に基づく相続を遺言相続という。

  • どんな場合に相続が発生するか−「死亡」のみ

    被相続人が死亡することにより相続が生じる。 死亡には通常の意味による死亡の場合の他にも,失踪宣告がなされた場合及び認定死亡の場合が含まれる。失踪宣告とは,ある人が一定期間行方不明などで生死不明の状態になっている場合に,利害関係人が裁判所に審判を申立て,裁判所の宣告に基づいてその者を死亡扱いする制度をいう。認定死亡とは,例えば火災現場で焼死したことが確実視されるにもかかわらず死体が発見されない場合などに,とりあえず取調にあたった警察署等の官公署が死亡を認定して戸籍上死亡扱いとする場合を言う。 昔の民法上は「隠居」という制度があり,生きたままで相続を発生させることも可能であったが,現行法上は,相続の原因は死亡のみである。

  • 誰が相続人になるか

    原則として,相続開始の時点すなわち被相続人死亡の時点において,生存している者で,かつ被相続人と次のような関係にある者が相続人となる。

    被相続人との関係取り扱い
    (1)配偶者被相続人に夫又は妻がいればこの者は常に相続人となる。
    (2)子またはその代襲者被相続人に子がいればこの者は常に相続人となる。
    子は実子に限らず養子も含む。また嫡出子に限らず非嫡出子も含む。
    子の代襲者というのは,相続開始以前に既に子(=A)が死亡してしまっている場合,その死亡した子(=A)の子(=B)つまり被相続人の孫である。さらに,その者(=B)も既に死亡してしまっている場合,その死亡した者(=B)の子(=C)つまり被相続人のひ孫が代襲者となる。このように,順次下の世代の者が代襲者となる。
    (1)に該当する者と(2)に該当する者の双方が存在する場合,(1)に該当する者と(2)に該当する者の双方が相続人となる。
    (3)被相続人に一番近い直系尊属(2)に該当する者がいない場合で,被相続人に父又は母がいればこの者は相続人となる。父母のいずれも生存していなければ,被相続人の祖父母が相続人となる。祖父母が1人もいなければ曾祖父母が相続人となる。このように,順次上の世代の者が相続人となる。
    (1)に該当する者と(3)に該当する者の双方が存在する場合,(1)に該当する者と(3)に該当する者の双方が相続人となる。
    (4)兄弟姉妹又はその代襲者(2)に該当する者も(3)に該当する者もいない場合で,被相続人に兄弟姉妹がいればこの者は相続人となる。代襲者というのは,兄弟姉妹の子つまり被相続人のおい・めいである。子の代襲者の場合と異なり,兄弟姉妹の代襲者はおい・めい止まりであり,おい・めいのさらに下の世代がいても代襲者になれない。
    (1)に該当する者と(4)に該当する者の双方が存在する場合,(1)に該当する者と(4)に該当する者の双方が相続人となる。
  • 内縁の妻は相続人になるか

    ならない。これが法定相続について判例・実務上確立した取り扱いである。内縁の夫も同様である。 内縁の妻に遺産を残そうと考えているのであれば,生前に贈与契約等により財産を与えるか,遺言により財産を与えるといった方策を検討する必要がある。

  • お腹の中の赤ちゃん(胎児)は相続人になるか

    胎児は,相続については法律上既に生まれたものとみなされるから,相続人になりうる。 例えば,被相続人が死亡した時に被相続人の妻が妊娠していた場合,胎児は被相続人の子として妻と並んで相続人になる。 ただし,死産であった場合にはこのような取扱いはない。 生きて生まれるか否かにより相続人となるか否かが異なってくることから,相続開始時点において,相続人となりうる胎児が存在する場合には,出生まで遺産分割を待つのが賢明である。

  • 不正な行為を行ったために相続人の資格を失うことがあるか

    相続人となるはずの者が,不正を行ったことによって法律上当然に相続資格を失う場合がある。このような制度を相続欠格という。法律上,次の5つの類型が規定されており,いずれかに該当する者は相続人となることができない(民法第891条)。

    1. 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ,又は至らせようとしたために,刑に処せられた者
    2. 被相続人の殺害されたことを知って,これを告発せず,又は告訴しなかった者。ただし,その者に是非の弁別がないとき,又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは,この限りでない。
    3. 詐欺又は強迫によって,被相続人が相続に関する遺言をし,撤回し,取り消し,又は変更することを妨げた者
    4. 詐欺又は強迫によって,被相続人に相続に関する遺言をさせ,撤回させ,取り消させ,又は変更させた者
    5. 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し,変造し,破棄し,又は隠匿した者
  • 自分に有利な遺言書であっても,これを破棄すれば相続資格を失うか

    例えば,3人兄弟の長男にだけ有利な遺言書が残されていた場合,3人平等に相続したいと考えた長男が遺言書を破棄したとする。前述した通り,法律の規定によれば,遺言書を破棄した者は相続人になれないから,この長男は一切相続できないことになってしまう。 しかし,この結末はあまりに不当であることから,最高裁判所の判例は,遺言書を破棄する行為が,相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは相続資格を失わないものと判示した(最判平成9年1月28日)。この判例によれば,この長男は相続資格を失わないことになる。 とは言え,無用な紛争を起こさぬよう,遺言書を破棄するような行為は避けたほうが良いであろう。

  • 「あいつには相続させない」ということが可能か

    (1) 遺言による方法
    まず,遺言による方法として,相続させたくない者以外の者だけに財産を与える内容の遺言を残しておくことが考えられる。この方法は,「相続させたくない者」が自分の兄弟姉妹である場合は完全に有効な方法である。
    しかし,「相続させたくない者」が兄弟姉妹以外の相続人(配偶者,子とその代襲者,直系尊属)である場合は完全ではない。これらの者には法律上「遺留分」という最低限相続できる一定割合が定められており,遺言によってこの遺留分を侵害することはできないとされているからである。
    よって,遺言によって一文も貰えなくなった子などが,「その遺言は自分の遺留分を侵害しているので侵害分を自分によこせ」と主張すること(遺留分減殺請求権)が法的に可能になる。なお,このような主張をする義務はないので,遺留分を侵害された者が何も主張をしなければ遺言通りに相続が実現される。兄弟姉妹には遺留分はないから,上記の通り兄弟姉妹には何も与えないという遺言はそのまま実現される。
    また,被相続人の生前に相続放棄をすることはできないが,遺留分を放棄することは家庭裁判所の許可があれば可能であるから(民法第1043条),予め遺留分を放棄させておけばその者に相続させないという遺言がそのまま実現される。
    (2) 廃除による方法
    上記の通り,「相続させたくない者」が配偶者,子とその代襲者又は直系尊属である場合は,遺言ではその者の相続を完全には否定できない。
    そこで,これらの者の相続を否定する手段として廃除という手段が認められている(民法892条)。
    民法第892条は次の通り定める。「遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が,被相続人に対して虐待をし,若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき,又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは,被相続人は,その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。」。廃除された者は相続をすることができないことになる。
    ただし,廃除は相続権の全否定という強い効果を伴うものであるから,相当の事情がない限り廃除は認められない。一時的な親子喧嘩で「クソ親父!」という言葉を吐いたという程度では,その親が子を廃除することは認められないであろう。
    なお,廃除は遺言によってもすることができる。この場合,遺言を執行する者が家庭裁判所に対して排除の請求をすることになる。
    (3) 離婚による方法
    「相続させたくない者」が配偶者であれば,離婚するのが簡単である。親子の縁は切れないが,夫婦の縁は離婚によって切ることができるという訳である。
    配偶者を廃除することも法律の条文上は可能であるが,離婚もできないくらいであれば廃除も困難であろう。
    離婚の場合は再度双方合意の上で婚姻し直さなければもとに戻らないが,廃除の場合は後で一方的に取り消すことも可能であるから,「いったん相手の相続権を奪うが,相手が反省すれば相続権を元に戻してあげよう」という意図があるのであれば,離婚ではなく廃除を選択することも考えられる。

  • 「自分は相続したくない」ということが可能か

    事実上の問題ということであれば,「財産はいらない」という者が何らの権利主張もせずに,その他の者が相続財産を事実上支配すれば足るということになる。 しかし,相続に基づいて不動産の登記名義を変更しようとすると,相続放棄手続をしていない者は登記手続上は相続人として取り扱われ,登記手続に関与せざるを得ないからこの点を何とかしなければならない。 そのための手段として,まず,遺産分割は基本的に相続人間の合意により自由にすることができるから,「財産はいらない」という者は名目的な財産だけを取得し,問題になっている不動産はその他の者が取得するような内容の遺産分割協議書を作成し,これを添付して相続登記をする方法が利用できる。 また,別の方法として,「財産はいらない」という者が作成した相続分皆無証明書を添付して相続登記をする方法が利用できる。相続分皆無証明書とは,「自分は既に生前贈与などによって十分な財産を受けているので,今般の相続にあたって自分が実際に取得できる財産は全くない」というような内容を記載した書面である。 これらの方法は,実際上相続放棄をした場合と同様の結果をもたらすことから,事実上の相続放棄と呼ばれる。 ただ,相続について相続人間の協議で自由に決定しうるのは積極財産についてのみであり,借金については法定相続に従って相続せざるを得ないから,法的に相続放棄をしていない場合,事実上の相続放棄をしても借金だけは債権者から請求される可能性があるという問題点がある。よって,事実上の相続放棄をする場合は,借金については積極財産を引き継ぐ者が責任をもって弁済することを確かめておく必要があるだろう。

  • 「自分は財産はいらないが,相続放棄手続は面倒なのでしたくない」ということが可能か

    相続とは,死んだ人の財産を別の誰かに帰属させる制度をいう。その場合の死んだ人を被相続人といい,財産を引き継ぐ人を相続人という。 法は,原則として被相続人と一定の親族関係にあった者を相続人と定め,誰がどのような割合で相続するかを定めており,このような法律の定めに従った相続を法定相続という ただし,被相続人が有効な遺言を残しておけば,それによって一定限度で法定相続とは異なる相続方法を指定することもできる。このような,遺言に基づく相続を遺言相続という。

第2章 相続財産

  • 何が相続されるのか

    原則として,被相続人の財産に属した一切の権利義務が相続財産として相続の対象となり,そのまま相続人に引き継がれることになる。現金,不動産,身の回りにある全ての持ち物,その他,形ある物に限らず,誰かにお金を貸し付けていた場合の貸金債権,特許権その他の無体財産権なども相続の対象となる。 「義務」も含まれていることからプラスの財産だけではなくマイナスの財産すなわち借金等もそのまま引き継がれることになる。 明らかに権利,財産・義務と呼べないようなものであっても,財産法的な地位と呼べるものであれば全て包括的に相続の対象となる。よって,例えば,被相続人が何らかのネット通販を申し込んだ後に死亡した場合,そのネット通販を申し込んだという地位がそのまま相続人に引き継がれることになる。 ただし,相続の対象になるのは財産的なものに限られるから,例えば被相続人が誰かに結婚を申し込んだ状態で死亡した場合,相続人がその相手と結婚しなければならなくなるわけではない。

  • 損害賠償請求権は相続されるか

    損害賠償請求権も財産法的な権利であるから相続の対象となる。 理論的に問題となるのは,被相続人が死んだこと自体についての損害賠償請求権である。例えば,被相続人が交通事故で死んだ場合の逸失利益や慰謝料などが相続の対象となるかである。 理屈上は,相続の対象となるのは被相続人が死ぬ前に有していた権利義務であるから,死んだことにより初めて発生じる損害賠償請求権は相続の対象とならないはずである。そこで,学者の中には相続の対象ではないとする者もいる。 しかし,判例・実務上は当然に相続の対象になるものとして処理している。よって,実務上は,死んだことによる損害賠償請求権がいったん被相続人の権利として発生したものと見なして,それが各相続人に相続されたものとして処理することになる。

  • 被相続人が誰かに扶養されていた場合,その扶養を受ける権利は相続されるか

    例えば,被相続人の生活が苦しいため,兄からの仕送り等によって扶養されていた場合において被相続人が死んだ場合,被相続人が兄から扶養される権利を,相続人が相続するかという問題である。 相続の原則は,一切の財産的権利・義務であるであるが,例外として被相続人の一身専属的な権利は除外されるものとされている。そして,扶養請求権はまさにその人自身の生活を支えるためのものであるから一身専属的なものと考えられている。よって,このような扶養を受ける権利は相続の対象とならない。 ただし,既に確定的な請求権として発生していた権利については相続の対象になるから,例えば今月分の仕送りとして5万円の送金を受けることが決まっていた場合において送金日を過ぎているのに送金がないまま被相続人が死亡したというような場合は,その5万円の請求権は相続の対象となる。

  • 連帯保証人の地位は相続されるか

    相続の対象となる。 よって,被相続人が誰かの借金について連帯保証人となっていた場合は,相続人が引き続き連帯保証人となり,その借金の返済が滞れば借主に代わって借金を返済する義務を負うことになる。

  • 身元保証人の地位は相続されるか

    被相続人が誰かの身元保証人になっていた場合,相続人も身元保証人の地位を引き継ぐのかが問題となる。これが肯定されれば,例えば,被相続人が知人の就職に際して就職先企業に対してその知人の身元保証をしていた場合,被相続人が死んだ後にその知人が会社のお金を横領したことについて相続人が責任を負うことになってしまう。 相続の原則は,一切の財産的権利・義務であるであるが,例外として被相続人の一身専属的な権利は除外されるものとされている。そして,身元保証人の地位は一身専属的なものと考えられている。よって,身元保証人の地位は相続の対象とならない。 ただし,被相続人が身元保証人の地位に基づいて相続時に既に負担していた具体的債務については相続の対象になる。例えば,上記横領事件が被相続人の生前に発生し,被相続人が会社に対して1000万円の損害賠償債務を負担した状態で死亡した場合,この1000万円の債務は相続の対象となる。

  • 被相続人が何らかの契約をしていたという地位は相続されるか

    契約上の地位は相続されるのが原則である。よって,例えば,被相続人が新聞販売店との間で新聞購読契約を締結していた場合,この契約をしたという地位が相続人にそのまま引き継がれることになる。 ただし,法律によって契約上の地位が相続されない旨定められている場合は相続の対象とならない。例えば,委任契約は委任者・受任者いずれが死亡しても契約そのものが終了するものと法律上定められているから,例えば,事件処理を委任していた弁護士が死亡した場合,その唯一の相続人である息子が弁護士であったとしてもその息子が事件処理を引き継ぐものではない。

  • 借家住まいをしていた場合の借家権は相続されるか

    契約上の地位は相続されるのが原則であるから,借家権は相続の対象となり,被相続人が家を賃借して住んでいたいた場合は相続人がその賃借人の地位を引き継ぐことになる。 例えば,賃借人である被相続人が1人暮らしであったり,相続人が同居していた場合は問題ないが,相続人がいるにもかかわらず相続人以外の者と同居していた場合が問題となる。典型的には内縁の妻(夫でも同じ)と同居していた場合が問題である。内縁の妻は相続人ではないから,借家人の地位は別居している相続人が引き継ぎ,内縁の妻には家を借りる権利がなくなるから,内縁の妻が引き続き借家に住み続けることができなくなる。 判例は,このような理屈を一応認めた上で,内縁の妻が引き続き借家に住み続けることを認め,相続人が内縁の妻を借家から追い出そうとすることを認めないという判断を下しているが,相続人が家賃を滞納して賃貸借契約が解除されれば結局内縁の妻は追い出されてしまうことになるなど根本的な解決とはなっていない。この問題は立法的に解決される必要があると共に,内縁の妻を持つ者は,現状においてこのような問題があることを認識した上で自分が生きている間に遺言等によってしかるべき対策を施しておく必要があると言える。

  • 生命保険金や傷害保険の死亡保険金は相続財産か

    生命保険金や傷害保険の死亡保険金は,被保険者が死亡すると遺族等に支払われるものであるが,この保険金は相続財産ではなく保険金受取人の固有の権利であると考えられている。 このことは死亡保険金の受取人が「相続人」と指定されている場合でも同じであり,このような指定は,単に被保険者が死亡した時の相続人を保険金受取人として指定したに過ぎず,その者が保険金を受け取ったとしてもそれは相続によって取得するものではないとされる。 このように,保険金は相続とは全く別に取り扱われることから,相続放棄した場合であっても保険金を受け取ることができるし,保険金は遺産分割の対象にはならないことになる(ただし,保険金そのものが遺産分割の対象にならないとしても,被相続人が支払った保険料に基づいて相続人の一部だけが多額の保険金を受け取ったような場合には,この事情が遺産分割の際に考慮されることはありうる)。 ただし,税法上はこれらの保険金は「みなし相続財産」として相続財産と同様の取り扱いがなされる場合がある。

  • 死亡退職金は相続財産か

    労働者が死亡し労働契約が終了する際に使用者から支払われる退職金を死亡退職金という。 この死亡退職金の性質を,給料の後払と考えると,これは本来労働者本人が受け取るべきものであるから,これを遺族が受け取るのだとすれば相続財産であると考えることになる。 これに対し,死亡退職金の性質を遺族の生活保障を目的として受給権者に給付されるものとであると考えると,死亡退職金は相続財産ではなく受給権者の固有の財産ということになる(相続放棄しても受け取ることができる)。 一口に死亡退職金といっても,その性質や受給権者の定め方は就業規則,労働協約等によって様々であるから,いずれに解するかは場合によると考えられるが,一般的には受給権者固有の財産とみるべき場合が多いと思われる。

  • 香典は相続財産か

    香典は喪主や遺族への贈与であると見るべきであって,相続財産とはならないと解されている。

  • 仏壇・仏具・墓は相続財産か

    これらは祭祀財産と呼ばれ,相続の対象とならず慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継するものとされている(民法897条1項)。被相続人が承継者を指定することもできる。慣習が明らかでないときは家庭裁判所が定めるものとされている。 このような祭祀財産の承継は相続財産とは全く区別して取り扱われることになる。よって,相続放棄,相続分,遺産分割とは全く無関係である。

第3章 相続分

  • 各相続人の相続分はどのような割合になるか

    誰が相続人となるかについては相続人の説明のところで述べた通りであり,次の4つの類型に該当する者が相続人になりうる。簡単に説明すると,この1から4のうち,1は2以下が存在するしないにかかわらず常に相続人となり,3は2に該当する者がいない場合のみ相続人となり,4は2も3もいない場合のみ相続人となる。

    1. 配偶者
    2. 子またはその代襲者
    3. 被相続人に一番近い直系尊属
    4. 兄弟姉妹又はその代襲者

    上記4つの類型につきそれぞれの相続割合は次の通りとなる。

    相続人1の相続分2の相続分3の相続分4の相続分
    1のみの場合
    2のみの場合
    3のみの場合
    4のみの場合
    1と2の場合1/21/2
    1と3の場合2/31/3
    1と4の場合3/41/4

    それぞれの類型に該当する者が複数いる場合は以下の項目参照。

  • 「2 子またはその代襲者」に該当する者が複数の場合のそれぞれの相続分

    原則として子の数に応じた頭割の割合によりそれぞれの相続分が定まる。長男か次男か,男か女かなどは無関係である。よって,子供3人のみが相続人である場合はそれぞれ1/3ずつであり,子供3人と妻が相続人である場合は,妻が1/2,子供がそれぞれ1/6の相続分となる。 ただし,非嫡出子は嫡出子の1/2の相続分とされている。よって,相続人が子供3人で,そのうち嫡出子2人,非嫡出子1人である場合,嫡出子がそれぞれ2/5,非嫡出子が1/5の相続分となる。 また,代襲者は被代襲者が受けるべきであった割合と同じである。例えば,被相続人にもともと3人の子がいたが,そのうち1人が先に死亡し,その死亡した子には3人の子供(被相続人の孫)がいたとすると,相続人は残された2人の子と,死んだ子の代襲者としての3人の孫ということになる(話を単純化するため配偶者は既にいないものとする)。この場合,代襲者である3人の孫は被代襲者である死んだ子の相続分1/3をそのまま引継ぎ,これをさらに3人で分けることになるから,結局,各自の相続分は,2人の子がそれぞれ1/3ずつとなり,3人の孫がそれぞれ1/9ずつということになる。なお,孫間の配分を決める際にも「非嫡出子は嫡出子の1/2の相続分」というルールが適用されるから,もしも3人の孫の中の1人が非嫡出子であった場合,非嫡出子である孫は1/15の相続分となり,嫡出子である孫2人はそれぞれ2/15の相続分となる。 上記「非嫡出子は嫡出子の1/2の相続分」というルールは憲法違反ではないかという批判を受けることがあるが,判例はこれを合憲としている。

  • 「3 被相続人に一番近い直系尊属」に該当する者が複数の場合のそれぞれの相続分

    この場合,複数の直系尊属の相続分は人数に応じた均等割りとなる。 よって,相続人が2人の祖母と1人の祖父の合計3人となる場合,各自1/3ずつの相続分となる。また,相続人が配偶者と2人の祖母である場合,配偶者が2/3,祖母がそれぞれ1/6の相続分となる。 このような単純な頭割であり,「母方と父方で1/2ずつ」という計算になるのではない。

  • 「4 兄弟姉妹又はその代襲者」に該当する者が複数の場合のそれぞれの相続分

    原則として兄弟姉妹の数に応じた頭割の割合によりそれぞれの相続分が定まる。長男か次男か,男か女かなどは無関係である。よって,兄弟3人のみが相続人である場合はそれぞれ1/3ずつであり,兄弟3人と妻が相続人である場合は,妻が3/4,兄弟3人がそれぞれ1/12の相続分となる。 ただし,被相続人と父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹(「半血」の兄弟姉妹という)の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹(「全血」の兄弟姉妹という)の1/2とされている。よって,相続人が兄弟3人で,そのうち全血2人,半血1人である場合,全血の兄弟がそれぞれ2/5,半血の兄弟が1/5の相続分となる。 また,代襲者は被代襲者が受けるべきであった割合と同じである。例えば,被相続人にもともと3人の兄弟がいたが,そのうち1人が先に死亡し,その死亡した子には3人の子供(被相続人のおいめい)がいたとすると,相続人は残された2人の兄弟と,死んだ兄弟の代襲者としての3人のおいめいということになる(話を単純化するため配偶者は既にいないものとする)。この場合,代襲者である3人のおいめいは被代襲者である死んだ兄弟の相続分1/3をそのまま引継ぎ,これをさらに3人で分けることになるから,結局,各自の相続分は,2人の兄弟がそれぞれ1/3ずつとなり,3人のおいめいがそれぞれ1/9ずつということになる。なお,おいめい間の配分を決める際にも「非嫡出子は嫡出子の1/2の相続分」というルール(「『2 子またはその代襲者』に該当する者が複数の場合のそれぞれの相続分」の項参照)が適用されるから,もしも3人のおいめいの中の1人が非嫡出子であった場合,非嫡出子であるおいめいは1/15の相続分となり,嫡出子であるおいめい2人はそれぞれ2/15の相続分となる。

  • 遺言によって法定相続分とは違う相続分を指定することができる

    上で説明した相続分は,法律が定める法定相続分であるが,被相続人は,遺言でそれぞれの相続人の相続分を定めたり,またはこれを定めることを第三者に委託することができるものとされている(民法902条1項)。 例えば,相続人が妻と2人の子供である場合,法定相続分は妻が1/2,子がそれぞれ1/4ずつであるが,遺言によって3人ともそれぞれ1/3ずつと指定することができる。この指定相続分は必ず遺言により指定する必要がある。 この指定相続分は,法定相続分よりも優先して適用されることになるが,完全に自由に指定できるわけではなく,指定相続分が各相続人の遺留分を侵害している場合は,その相続人が遺留分減殺請求権を行使することによって指定相続分が完全に実現されなくなる場合がある(遺留分及び遺留分減殺請求権については遺留分の項参照)。

  • 故人から生前贈与を受けたり遺言によって財産を与えられた相続人も同じ相続分になるのか−特別受益

    遺言によって財産を誰かに与えることを遺贈というが,相続人の一部のみが故人から生前贈与や遺贈を受けた場合に,残りの相続財産を相続人全員で法定相続分で分けるとすれば,生前贈与や遺贈を受けた者ばかりが利益を受け不公平になる。 例えば,相続人が3人の子であった場合において,2番目と3番目の子はサラリーマンになって故人に特段の経済的負担をかけるようなことはなかったが,1番目の子は自営業であり事業があまり成功していなかったため,故人が何かと経済的援助をしていたというような場合,相続の段階において3人等しい相続分というのでは公平を欠くであろう。 そこで,民法は一定の生前贈与や遺贈があった場合に各相続人の相続分を調整する規定を置いている。このような調整の対象となる生前贈与や遺贈を特別受益という。

  • 特別受益となる生前贈与がある場合,相続分はどのように調整されるか

    民法903条1項は次の通り定めている。「共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」 つまり,相続人の中に一定の贈与を得ていた者がいる場合は,その贈与分も相続財産に加えた前提で各自の相続分を計算した上で,贈与を受けた者についてはその計算額からその贈与分を差し引いてその者の相続分を算出するということになる。これによって,贈与がなかった場合と同じ相続分が実現されることになる。計算上は,あたかも自分の受けた贈与分を相続財産にいったん戻した上で各自の相続分を計算し直すことから,このような計算方法を「持戻し」と呼び,贈与分を戻した計算上の相続財産を「みなし相続財産」と呼んでいる。ただ,持戻しといってもあくまでも計算上の操作であって,実際に現実の財産を動かすものではない。

  • 故人から生前どのような贈与を受けていた場合に特別受益に該当するか

    特別受益として持戻し計算の対象となるのは,「婚姻,養子縁組のため若しくは生計の資本として」なされた贈与である(民法903条1項)。 「生計の資本」などという抽象的な文言が使用されているため,実際上これに該当するかどうかの判断はケースバイケースにならざるを得ないが,ある程度以上高額な贈与については基本的にこれに該当すると考えるべきであろう。 該当する例としては,脱サラして開業するために多額の資金の贈与を受けた場合,結婚して家を出て行くときに住居を新築してもらった場合,他の兄弟は皆高卒で働いているのに,自分1人だけ上京して大学で勉強し,下宿代や学費を支払ってもらった場合などが考えられる。

  • 特別受益となる遺贈がある場合,相続分はどのように調整されるか

    民法903条1項は次の通り定めている。「共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」 つまり,まずは遺贈や生前贈与はなかったものという前提で各自の相続分を計算し直したた上で,遺贈や贈与を受けた者についてはその計算額からその遺贈・贈与分を差し引いてその者の相続分を算出するということになる。

  • 特別受益となる贈与や遺贈がそれを受けた者の法定相続分を超える場合

    上で述べた通り,特別受益となる贈与や遺贈がある場合,あたかもそれらがなかったかのように各自の本来の相続分を法定相続割合に従って計算した上で,贈与や遺贈を受けた者については,その本来の相続分から自分の受けた贈与や遺贈の額を差し引いた分が自分の取り分ということになる。 ここで,贈与は遺贈の額が本来の自分の相続分を超えていた場合が問題になる。その場合,その者の計算上の取り分はマイナスとなり,理屈上は本来の相続分を超えて贈与・遺贈を受けた部分を返還すべきことになるが,法律上は返還はしなくてよいものとされている。この場合,贈与・遺贈を受けた分だけでその者の取り分は全てということになり,それを超えて相続財産から配分を受けることはできないということになる。 贈与・遺贈を受けた者が,本来の法定相続割合を超えた部分を返還しなくてもよいものとされる結果,その他の相続人にしわ寄せが行き,その他の相続人は本来の法定相続割合で計算した金額よりも小さい額しか取り分が認められないことになる。その結果,遺留分(法律上定められた最低限相続できる一定割合)を侵害される相続人が出る場合には,贈与や遺贈の効力が否定される場合がある(詳細は「遺留分」についての説明の項参照)。

  • 特別受益の計算において,かなり昔に故人から生前贈与を受けた建物・金銭の評価方法

    民法904条は,特別受益として持戻し計算する贈与物の価額について,「受贈者の行為によって,その目的である財産が滅失し,又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。」としている。 よって,20年前に家を贈与された場合は,その家が相続時に贈与された時の状態で存在するものとして金額を評価することになる。贈与を受けた者が過失によって火災を起こしてその家が焼失してしまてているときも同様である。ただし,地震などの贈与を受けた者の行為によらずしてその家が消失してしまっている場合にはもはや持戻し計算の対象にしなくても良いものとされている。 このように,相続開始時の貨幣価値で贈与額を評価し直すという処理は,贈与の対象が金銭であった場合も同様であり(判例),金銭贈与による特別受益がある場合は,贈与時の金額を相続開始時の貨幣価値に換算した価額をもって持戻し計算の対象額とすることになる。

  • 特別受益の持戻し計算は,被相続人の意思によって免除できる

    上で述べたような特別受益についての持戻し計算は,できる限り相続人間の公平を図るために,生前贈与や遺贈を考慮して各相続人の取り分を定めようとする考え方に基づくものである。 しかし,そもそも被相続人に全部の相続人を公平に扱う意思がなく,特定の相続人を特別扱いする意図で贈与・遺贈を行う場合がある。このような場合,被相続人は,自分が行う贈与や遺贈について上で述べたような持戻し計算を免除するという意思表示を行うことができる。この意思表示は遺言によってもすることができる。この意思表示をすることによって,生前贈与も考慮せず,遺贈部分も除外した残りの相続財産だけを対象として共同相続人に法定相続分に従った相続をさせることが可能になる。 ただし,持戻し計算を免除する結果,遺留分(法律上定められた最低限相続できる一定割合)を侵害される相続人が出る場合には,持戻免除の意思表示の効果が否定される場合がある(遺留分については「遺留分」の説明の項参照)。

  • 特別受益がある場合の具体的な相続分計算例

    夫Hが死亡して,相続人はWと子ABCがいるとする。Hの遺産は2,300万円であるが,Hは生前にAに対して100万円の贈与をしており(相続時の評価も100万円とする),Wに対して200万円を遺贈したものとする。
    相続開始時の遺産の額は2,300万円であるが,これに特別受益としてAへの贈与100万円が持ち戻された額がみなし相続財産である。
    みなし相続財産=2,300万円+100万円=2,400万円
    よって,各自の具体的相続分額は,以下のようになる。
    W:2,400万円×1/2−200万円(遺贈を受けた分)=1,000万円
    A:2,400万円×1/2×1/3−100万円(生前贈与を受けた分)=300万円
    B:2,400万円×1/2×1/3=400万円
    C:2,400万円×1/2×1/3=400万円
    このように,特別受益のあるWとAについて調整がなされ,WとAの相続分が小さくなっているが,Wについては別途200万円の遺贈分の取り分があり,Aについては既に100万円の生前贈与を受けているのであるから,これら遺贈分・生前贈与分も考慮すると,結果的に各自の取り分は法定相続割合に従ったものになっていることが分かる。

  • 故人の遺産形成に寄与した相続人も他の相続人と同じ相続分になるのか−寄与分

    前に述べた特別受益に関する調整規定は,故人から特別な利益を受けることによって遺産を減らした者について,残された遺産からのその者の取り分を減らすことで公平を図る制度であるが,逆に故人の遺産形成にあたって寄与した者については,残された遺産からのその者を取り分を増やすことで公平を図る必要が生じる。 そこで,このような寄与があった場合の調整規定も民法は用意しており,これを寄与分制度という。 例えば,故人が商売を営んでいたが,長男がその商売に対して献身的な貢献をしたために多大な財産が形成されたというような場合には,寄与分制度によって,その商売に見向きもしなかった次男と比して,長男により大きな相続分が認められることになる。

  • 寄与分がある場合,相続分はどのように調整されるか

    民法904条の2第1項は次の通り定めている。「共同相続人中に,被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付,被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし,第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。」 つまり,まずは寄与によって増えた分の相続財産がはないものという前提で各自の相続分を計算した上で,寄与した者についてはその計算額にその寄与分を足してその者の相続分を算出するということになる。

  • 寄与分制度によって利益を受けることができるのは誰か

    寄与分制度によって利益を受けることができるのは相続人に限られる(民法904条の2第1項)。 寄与分制度というのは,寄与者の尽力によって相続財産が増加した部分について,あたかもその寄与者の固有の財産であるかのように取り扱う制度であるから,このような取扱が妥当するのは理屈上は寄与者が相続人である場合に限られない。例えば,被相続人の事業活動に対して内縁の妻が多大な貢献をした場合については,その貢献によって増加した財産は実質的には内縁の妻固有の財産と評価し,内縁の妻に相当の財産が与えられることが妥当である。 しかし,現行法上は寄与分制度によって利益を受けるのは相続人のみであるから,相続人になりえない内縁の妻は寄与分制度による利益を受けられないことになる。 現行法上は,相続人以外の寄与者の救済手段は,不当利得に基づく権利を主張する等に限られているから,被相続人がこのような者に対して相当の遺産を与えたいと考える場合は,予め遺言や生前贈与等の方策を講じておく必要がある。

  • どのような寄与があれば寄与分として考慮されるのか

    民法によれば,寄与分として考慮されるのは,「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付,被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるとき」である。 「事業に関する労務の提供」「(事業に関する)財産上の給付」「被相続人の療養看護」という3つの具体的類型が掲げられているが,その次に「その他の方法」とあるから,結局3つの具体的類型は例示であって,寄与はどのような態様であっても良いということになる。 ただし,あくまでも「被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与」があることが必要であって,財産上の効果を伴わない寄与は寄与分として考慮されない。例えば,献身的な看護によって被相続人が安らかに死亡することに貢献したが,相続財産の増減には特に関係がなかったような場合には寄与分として考慮されない。逆に内心嫌々ながらの看護ではあったが被相続人の入浴その他の身の回りの世話をしていたのでヘルパーを雇わずに済みその分支出を免れたような場合には寄与分として考慮されることになる。

  • 寄与分がある場合の具体的な相続分計算例

    夫Hが死亡して,相続人はWと子ABCがいるとする。Hの遺産は3,000万円であるが,WはHが生前営んでいた事業に多大に貢献しており,その貢献額は600万円と評価されるものとする。
    相続開始時の遺産の額は3,000万円であるが,ここから寄与分を600万円を控除した額がみなし相続財産である。
    みなし相続財産=3,000万円−600万円=2,400万円
    よって,各自の具体的相続分額は,以下のようになる。
    W:2,400万円×1/2+600万円(寄与分)=1,800万円
    A:2,400万円×1/2×1/3=400万円
    B:2,400万円×1/2×1/3=400万円
    C:2,400万円×1/2×1/3=400万円
    このように,寄与分のあるWについて調整がなされ,Wの相続分が大きくなっているが,Wについては600万円分の寄与分があり,この部分は実質的に相続財産ではなくWの固有の財産のように考えることができるから,これを除外した実質的な相続財産については,各自の取り分は法定相続割合に従ったものになっていることが分かる。

第4章 遺産分割

  • 相続開始から遺産分割までの間,相続財産はどのような状態に置かれるのか

    相続人が複数である場合(共同相続),個々の相続人が相続した財産を自由に使用したり処分したりできるようにするには遺産分割を行う必要がある。相続開始(被相続人の死亡)から遺産分割がなされるまでの間には一定の時間がかかることから,この間に相続財産がどのような状態に置かれるのかが問題となる。 この点,民法898条は,「相続人が数人あるときは,相続財産は、その共有に属する。」と定める。 よって,例えば,相続財産中に土地・建物等の不動産がある場合は,基本的には遺産分割がなされるまで相続人全員の共有財産ということになる。

  • 相続財産の中に預金がある場合の取扱い

    共同相続の場合において,相続財産の中に銀行預金がある場合,銀行に対する預金債権を複数の相続人の間で共有するという関係が生じることになる(※ 厳密には「共有」とは所有権の場合の用語であり,この場合は債権であるから「準共有」という)。 そして,債権の準共有とは,結局,同一の債権について複数の権利者がいる場合であるが,この場合について,民法は,銀行預金のようにそれを分割しても価値が損なわれないような債権(可分債権)は,各自に分割されて帰属するもの定めている(民法427条)。 そこで,相続財産の中に預金債権がある場合について,判例は,預金債権は相続分に応じて当然に共同相続人間に分割されるものとしている。その結果,預金債権についてはもはや遺産分割の余地がないということになる。 よって,法律上は,各相続人が銀行に対して自分の分だけについて単独で払い戻し請求ができることになる。 ただ,銀行実務上は,銀行側がトラブルに巻き込まれることを回避しようと考えるためか,共同相続人中の一部の者のみからの払い戻し請求は銀行から拒否されるケースが多い。どうしても払い戻してもらおうとするならば,銀行に対して裁判を起こすしかない。 なお,預金債権についても上記のように分割されたものとは扱わずに,あらためて遺産分割の対象に含めるものとして取り扱うことも有効とされている。これは共同相続人間にこのように取り扱うことについて合意があれば可能である。

  • 相続財産の中に現金がある場合の取扱い

    前記の通り,預金が当然に各共同相続人に分割されるのであれば,現金も分割されるものとも思えるが,現金は債権とは異なるからそのようには扱われておらず,他の財産と共に遺産分割の対象となる。 判例も,「相続人は,遺産分割までの間は,相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して,自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできない」としている。 実際上,遺産分割の最終局面で相続人間の細かい利益調整をするためには調整手段として現金が残されている方が便宜であるといえる。

  • 故人が有していた借金はどのように相続されるか

    既に述べた通り,積極財産だけではなく借金のような消極財産も相続人に相続されることになるが,故人が借金を負っていた場合,複数の相続人に対してどのように相続されることになるかが問題となる。 この点について,判例は預金の場合と同じように,法定相続分に応じて各相続人に当然に分割して帰属するものと判断している。当然に分割して帰属というのは,もはや遺産分割の対象にはならないということである。 よって,例えば,300万円の借金があり,相続人が3人の子だけという場合,それぞれが100万円ずつの借金を引き継ぐということになる。

  • 故人が連帯保証人であった場合,相続人はどうなるか

    連帯保証人であるという地位も相続人に承継される。承継される金額についての考え方は借金の相続の場合と同様である。 例えば,故人が300万円の連帯保証人であり,相続人が3人の子のみであったとすると,それぞれの子は100万円の限度で連帯保証人としての地位を引き継ぐことになる。

  • 相続財産の管理費用はどのように負担するのか

    相続人が複数いる場合,遺産分割が終了するまでの間,相続財産は共同相続人の共有状態になっている。 この相続財産の管理に関する費用は,「相続財産に関する費用」として相続財産から支出するものとされている(民法885条1項)。相続財産からその管理費用の分が減るわけであるから,経済的効果としては,結局のところ,各相続人がそれぞれの相続分の割合で管理費用を負担するのと同じことである。

  • 複数の相続人で相続した遺産をどのように各人に分けるか−遺産分割

    複数の相続人がいる場合,遺産は相続人全員の共有状態になる。この共有状態を解消し,各人の排他的な取り分を確保するには遺産分割手続がなされる必要がある。 遺産分割の手続には相続人間の協議に基づいて分割される協議分割,家庭裁判所における調停による調停分割,家庭裁判所における審判分割という3種類の手続がある。 分割の方法としては,対象物を現実に分割してしまう方法,対象物を売却した上で代金を分ける方法,相続人の一部が対象物を取得した上でその者が他の相続人に一定の代償金を支払う方法など様々な方法がある。 共同相続人は,いつでも協議による分割を求めることができ,他の相続人が協議に応じ,全員の合意に基づいて協議が成立すれば協議分割が実現する。 他の相続人が協議に協力しない場合は,通常,家庭裁判所に対して調停分割を申し立てることになる。調停分割においては家庭裁判所が対立当事者の間に入って調整を図ってくれるが,協議分割と同様に全員の合意がなければ分割は実現されない。 調停によっても分割ができない場合は,審判分割手続に移行し,家庭裁判所の審判に基づいて遺産が分割されることになる。

  • 遺産分割方法は遺言により指定することができる

    被相続人は遺言により遺産分割の方法を指定することができる(民法908条)。遺言の中で直接分割方法を指定することもできるし,遺言の中で分割を第三者に委託する旨定めることもできる。 遺言により分割方法が指定されていたとしても,その方法に従った分割手続そのものは必要であるから,分割方法の指定を含む遺言があったとしても,原則として分割手続を省略することはできない。 ただし,判例は,「○不動産はAに相続させる」といった形式の遺言がある場合は,その指定された遺産については相続開始と同時に指定された者に帰属することとなり,当該遺産についてはもはや分割手続を要しないものとしている。

  • 遺産である預金に基づいて相続開始後に発生した利息は遺産分割の対象になるか

    遺産は相続開始時に被相続人に帰属していた財産のことであるから,理屈上は被相続人の死亡後に発生した利息は遺産に含まれず,遺産分割の対象にならないと考えることもできる。 しかし,預金に対する利息は遺産が自然に増大したものであると見ることもできるし,遺産分割の手続の他に利息分について別途その分配方法を訴訟等により解決しなければならないとするのも煩瑣であることから,実務的には預金の利息は遺産分割の対象として取り扱われている。

  • 遺産である賃貸アパートから生じた賃料は遺産分割の対象になるか

    この問題の構造は,上に述べた預金から生じた利息の場合とほぼ同様である。とすれば,賃料も遺産分割の対象としてよいかに見える。 しかし,預金から生じた利息の場合と異なり,アパートから賃料収入を得るためには管理費用を支出する必要がある。管理費用が金銭的に0であったとしても,相続人の一部がその労力により事実上管理していた場合には,この点を考慮する必要が生じるから,各相続人に配分すべき金額の算定は必ずしも容易でない。 このように,算定困難な要素を遺産分割手続に取り込むと,遺産分割手続の紛糾・長期化等の弊害が生じかねない。 そこで,相続後に発生した賃料は当然には分割対象の遺産には含まれず,その分割ないし精算は遺産分割とは別個の民事訴訟等の手続により解決されるべきものとされている。 ただし,遺産分割の当事者全員がこの賃料を遺産分割対象とすることに同意し,その同意が相当である場合には,賃料を遺産分割の対象とすることも可能であると考えられている。

  • 協議分割の方法

    協議分割による遺産分割の方法は,当事者全員の合意に基づく協議が成立する限り,どのような内容・方法により分割がなされてもよい。法定相続分に従う必要もないから,1人だけが遺産を独占するような分割内容であっても問題ない。 ただし,全員の合意が必要であるから,たとえ1人でも協議内容に合意しない者や協議そのものに応じない者がいれば協議分割は成立しないことになる。

  • 協議に参加すべき相続人が一部除外されて協議分割がなされた場合はどうなるか

    例えば,相続人の1人の実印を無断で使用してその相続人の合意を得ることなく遺産分割協議書が作成された場合などの分割の効力が問題となる。 参加すべき相続人を除外してなされた遺産分割は法律上無効である。したがって,その相続人を参加させて改めて遺産分割手続全体をやり直す必要がある。

  • 相続開始後に認知によって相続人になった者が出現した場合の取扱い

    相続開始後の認知によって相続人となった者が,既に遺産分割がなされた後に遺産分割を請求する場合は,分割のやり直しまでは求めることができず,他の共同相続人に対して価額の支払請求ができるだけである(民法910条)。 ただし,認知によりその者のみが相続人となり,既に遺産分割により遺産を取得した者が相続人でなくなるような場合には,その者は相続回復請求の方法によって遺産の回復を請求できると解されている。

  • 騙されたり,強迫されたり,錯誤に陥っていた状況でなされた協議分割の効力

    他の共同相続人に騙されたり,強迫されたりして協議分割を成立させた場合は,その協議を取り消すことができる。取り消されればその協議は無効となり,遺産分割を再度やり直すことになる。 また,協議分割を成立させた場合において,重要な点につき錯誤があった場合には,その協議の無効を主張することができる。よって,遺産分割を再度やり直すことになる。

  • 多額の負債を有する相続人の取り分を少なくする協議分割は許されるか

    例えば,相続人の1人がサラ金業者からの多額の借金を有している場合,遺産分割でこの者に遺産を配分したとしても,遺産は結局サラ金業者に行くだけになってしまうことから,その者の取り分を極端に少なくしたりゼロにしたりする遺産分割協議を成立させて遺産の散逸を防ごうとするケースが考えられる(借金を負った相続人は破産等により借金を処理することになろう)。 このような場合には,このような協議分割が債権者(上記例ではサラ金業者)に対する詐害行為であるとして協議が取り消されて無効になる可能性があり(民法424条),実際に取消を認めた判例がある(最判平成11年6月11日)。 ただし,この判例の事案は,相続が発生したかなり後に相続人が債務を負担したケースであり,債権者の側は相続による財産取得を前提として与信をしていた可能性があり,にもかかわらず後になって相続人が債権者から弁済を迫られるや自分の取り分をゼロとする遺産分割協議を成立させて自分は破産したという事案であった。 このような事案であれば,債権者による取消権を認めることについて異論は少ないと考えられるが,相続人が相続開始前から債務を負担していたような場合にはどのような要件の下で債権者による取消権が認められるのかという問題が残る。 この問題については,未だ判例によっても解決されていないが,場合によっては一部の相続人の取り分を極端に少なくする協議分割が取り消される可能性がある点には留意しておくべきであろう。 なお,似たような問題であるが,多額の借財を抱える相続人が相続放棄をする行為については,債権者によって取り消される余地はないことが判例上認められている。

  • 協議分割で定めた義務を履行しない相続人がいる場合,協議を解除できるか

    例えば,年老いた妻WとABC3人の子が相続人であるケースで,協議分割においてAがWの面倒を見る代わりにAが遺産を多く取得するという分割内容としたが,その後Aが一向にWの面倒を見ようとしないという場合に,BやCは遺産分割協議を解除することができるかが問題となる。 一般に,契約によって定められた義務が履行されない場合,相手方は債務不履行を理由として契約を解除することができる(民法541条)。 しかし,遺産分割協議が解除され全相続人が再度遺産の全体について分割をやり直さなければならなくなるとすると極めて大変になることから,判例(最判平成元年2月9日)は遺産分割協議が成立した場合に,相続人の1人が他の相続人に対してこの協議において負担した債務を履行しないときであっても,他の相続人はこの遺産分割協議を解除することはできないものと判断した。 解除ができないとなれば,義務の不履行により損害を被った者から義務者に対する損害賠償請求等の手段により満足を受けることを検討する必要があろう。

  • 当事者全員の合意によりいったん成立した遺産分割協議をなかったものとしてやり直すことはできるか

    前述の通り,遺産分割協議を当事者の一部の者から一方的に解除(法定解除)することはできないが,当事者全員が合意の上で遺産分割協議を解除(法定解除)することは妨げないものとされている(最判平成2年9月27日)。 そこで,いったん成立した遺産分割協議に基づく義務を履行しない者がある場合に,この義務者も含む当事者全員の合意に基づいてその遺産分割協議を合意解除した上で,再度遺産分割をやり直すことは可能である。

  • 審判による遺産分割はどのような基準に従ってなされるか

    民法906条は,遺産分割の基準として,「遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。」と定めている。 この基準の適用は特に審判による分割のみに限定されている訳ではないが,協議による分割や調停による分割においては当事者全員の合意が必須であり,逆に当事者全員が合意している限りにおいては必ずしも上記基準通りに分割する必要はない。 しかし,審判による分割は,当事者全員の合意に基づく分割ではないことから,客観的に公平な基準として民法906条が定める基準に従って分割がなされることになる。

  • 真正な相続人であるにもかかわらず何らかの事情で相続の過程から廃除された者の救済−相続回復

    例えば,本当は相続人であるにもかかわらず,被相続人死亡の事実を知らされず,他の相続人が遺産分割協議書を捏造して遺産を独占してしまったような場合,仲間はずれにされた真正な相続人のとりうる手段が問題となる。 真正な相続人が参加していない遺産分割協議は無効である。また,法的には真正な相続人は遺産の共有持分を有しているのであり,遺産分割はいつでも請求でき,この遺産分割請求権は消滅時効にはかからないから,真正な相続人としては捏造に係る遺産分割協議書の無効を主張して遺産分割のやり直しを求めることができることになる。 ここで,相続回復請求権の行使期間について制限を定める民法884条が問題となる。同条は,「相続回復の請求権は,相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも,同様とする。」と定める。 よって,本条に該当する場合は,もはや自己の真正な相続分の回復を図ることができないことになる。 しかし,判例は,同条の適用範囲を厳格に絞り込んでおり,簡単に説明すると,自分の他に相続人がいることを知っていたり知るべきであった者等については同条の期間制限は適用されないとしている。 とすると,普通は戸籍を見ることによって自分の他に誰が相続人であるかは一目瞭然であるから,戸籍に記載されている相続人を仲間はずれにして勝手に遺産分割したようなケースにおいては,同条の期間制限を受けることなく真正な相続人は自分の権利の回復を図ることができることになる。

第5章 遺言

  • 遺言の読み方は「いごん」か「ゆいごん」か

    結論としてはどちらでも正しい。 ただし,一般的には「ゆいごん」という言い方のほうが多く用いられ,法律家の間では「いごん」という言い方のほうが多く用いられる傾向にはあるようだ。 世間一般では,故人の最期の言葉という広い意味で,「ゆいごん」という言葉が用いられていると思われる。 しかし,法的に何らかの効果がある遺言は所定の要件を満たしたものに限られるから,法律家はこのような法的に有効な遺言のことを念頭において「いごん」という言葉を用いることが多いと思われる。 ただ,六法全書中の「遺言」という言葉にルビがふられている訳ではないから,法律上の「遺言」のことを「ゆいごん」と読んでも差し支えない。 また,沿革的に,もともと「遺言」に「いごん」という読み方はなく,「ゆいごん」という読み方のほうが由緒正しいとして,もっぱら「ゆいごん」という読み方で通す法律家もいる。

  • 遺言にはどのような法律効果があるか

    自分自身の最期の言葉としてどのような事柄を遺言として残そうと,それは各人の自由ではある。例えば,「私が死んだ後は兄弟仲良く暮らしなさい。」という遺言や,「私の葬式の際はBGMにバッハの曲を流しなさい。」という遺言を残すことは自由であるし,それに遺族が従うことは好ましいことでもある。
    しかし,このような遺言には法的な意味がない。このような遺言があったとしても,残された兄弟に仲良く暮らす法的な義務が発生するものではないし,葬式のBGMにベートーベンの曲を流しても法的には問題ない。
    遺言事項として一定の法律効果が認められ,法的に意味がある事項は下の表に掲げるものに限られている。
    よって,法的には,このような事項について故人が残したもののみが遺言であると言える。

    法的に意味がある遺言事項
    類型具体的事項
    1 法定相続の修正
    • 相続人の廃除・排除の取消(民法893条,894条2項)
    • 相続分の指定(民法902条)
    • 遺産分割方法の指定(民法908条)
    • 遺産分割の禁止(民法908条)
    • 特別受益の持戻し免除(民法903条3項)
    • 遺産分割における担保責任に関する特段の意思表示(民法914条)
    • 遺留分減殺方法(民法1034条但書)
    2 相続以外の財産処分
    • 遺贈(民法964条等)
    • 財団法人設立のための寄附行為(民法41条2項)
    • 信託(信託法2条)等
    3 身分に関する事項
    • 認知(民法781条2項)
    • 未成年後見人の指定(民法839条1項)
    • 未成年後見監督人の指定(民法848条)
    4 遺言の執行に関する事項
    • 遺言執行者の指定(民法1006条1項) 等

    上記遺言事項の中で,普通の人々にとって最も関心がある事項は,「相続分の指定(民法902条)」,「遺産分割方法の指定(民法908条)」及び「遺贈(民法964条等)」であろう。
    これらが遺言事項として認められていることから,遺言によってどの遺産をどの相続人にどのように分け与えるかを自由に指定することができるし,相続人以外の第三者に遺産を分け与えることもできる訳である。
    このような遺言による相続,遺贈の指定は,基本的には法律の定める原則的相続方法(法定相続)に優先することになる。
    ただし,一定の相続人には遺留分という最低限の遺産の取り分が認められており,上記遺言による相続,遺贈の指定によって,自分の取り分が遺留分にも満たなくなった相続人は,自己の遺留分を確保する限度で遺言の効力を否定して最低限の自分の取り分を確保する権利(遺留分減殺請求権)が認められている。その限りで遺言による相続,遺贈の指定はまったくの自由無制限という訳ではない。

  • 遺言にはどのような方式があるか

    一般的な意味での遺言はどのよな方式であろうと構わない。枕元においた録音機に最期の肉声を吹き込んだものも立派な遺言ではある。
    しかし,法的な意味での遺言は,法の定める所定の方式に厳格に従って作成されなければ,遺言として法的な効果が認められない。
    ただし,法の定める方式は1通りではなく,以下に述べるとおり,法は状況に応じて選択可能なようにいくつかの方式を定めている。
    遺言の方式を大きく2つに分けると,普通方式と特別方式とに分けられる。普通方式は,さらに自筆証書遺言(民法968条),公正証書遺言(民法969条),秘密証書遺言(民法970条)の3つに分けられる。また,特別方式は,さらに危急時遺言(民法976条,979条),隔絶地遺言(民法977条,978条)の2つに分けられる。

    遺言の方式
    大分類小分類
    普通方式
    • 自筆証書遺言(民法968条)
    • 公正証書遺言(民法969条)
    • 秘密証書遺言(民法970条)
    特別方式
    • 危急時遺言(民法976条,979条)
    • 隔絶地遺言(民法977条,978条)
  • 自筆証書遺言の作成方法

    自筆証書遺言は,作るのが最も簡単な遺言である。 自筆証書遺言を作成するには,遺言をしようとする者が,遺言の全文,日付および氏名を自筆で書いて(「自書」)押印すれば良いだけである(民法968条)。要素は「(1)全部の自筆」,「(2)日付」,「(3)氏名」,「(4)押印」である。 「遺言書」「遺言状」「遺書」などの題名(タイトル)は付けても付けなくても構わないが,遺言であることが一目でわかるように「遺言書」などのタイトルを付けておくのが無難であろう。 用紙の大きさ,文字の大きさ,文字数や紙質も特に制約はない。極端に言えば,チラシの裏側に書いたり,床や壁に書いても良いわけであるが,後に,「遺言者は真に遺言をしようとする意思がなかったのではないか」,などといった無用の論争が生じないように便箋などの普通の紙に普通に記載しておくのが無難である。 出来上がった遺言を封筒に入れたりその封筒を封印したりする必要もない。ただ,封印しておけば後で変造されたり,「変造されたのではないか」という疑いをかけられる危険性は低くなる。しかし,封印のある遺言は,家庭裁判所で相続人又はその代理人の立会いがなければ開封できず,これに違反した者には5万円以下の過料が課されることがあるから注意が必要であり(民法1004条・1005条),封印した遺言を残す場合は,遺言を託した者にそのことを教えておく必要があるだろう。

  • 自筆証書遺言における「自書」

    自筆証書遺言を作成するには,遺書を自分で手書き(自書)する必要がある。パソコン・ワープロ・タイプライターでの作成では自書と認められない。 筆記具に特に制約はなく,鉛筆はだめとはされていないが,鉛筆書きでは後の変造のおそれがあり,真実変造されなかった場合でも「変造されたものである」という無用の論争を生じさせる危険があるから鉛筆は避けるべきである。普通にボールペンや万年筆で書いておけば良い。 一般に,書類を作成する際に,鉛筆で下書きした後でそれをコピーして,コピーした分を正本として用いるケースがあるが,遺言でこれをやるとアウトである。鉛筆で記載した方は法的に有効な遺言となりうるが,それをコピーした方はコピー機による作成によるものであって自書したものではないということになって法的には遺言としての効力が認められない。 遺言のコピーを残すのは構わないが,正式な遺言として残す方は自書した原本の側でなければならない。 微妙なケースであるが,カーボン複写で作成した遺言の効力が裁判で争われたケースがある。この場合も,カーボン複写された側ではなく直接筆記具で記載した側を正式な遺言として残しておけば全く問題なかったはずだが,カーボン複写された側が遺言として残されていたことから「自書」ではないのではないかとして問題となった。遺言者の気持ちは良く分かる。実際,領収書の発行などでカーボン複写された方を正本として相手方に渡し,自筆した方を自分の控えとするようなケースは多い。しかし,自筆証書遺言ではこれが大問題になるわけである。この裁判のケースでは,結果的には,カーボン複写された方についても実質的に自筆に等しいとして有効な遺言であると認められたが(最判平成5年10月19日),最高裁判所まで争われており,相当な手間暇がかかったと思われる。普通に手書きした分をそのまま遺言として残しておくのが無難である。 自分で字が書けなければ「自書」しえないから,文字を知らない者は有効な自筆証書遺言を残しえない。他方,「自書」する能力があれば,目が見えない者であっても自らの意思に基づいて自書することにより有効な自筆証書遺言を残しうる。 高齢や病気などの事情により,他人に手を添えてもらわなければ判読不能な字が書けないというようなケースがある。判例は,運筆に他人の助けを借りたとしても,それだけでは自筆能力は否定されないとしている(最判昭和62年10月8日)。 「他人の助けを借りただけである」ということが明らかなケースや,そのことを関係者の誰もが争わないのであれば問題がないだろうが,他人が手を添えて遺言を作成したということになれば,「遺言者の意思とは無関係に,手を添えた他人が事実上遺言を作成したのではないか」という疑問が呈される可能性は高い。そうなると遺言の有効性を巡って深刻な紛争になるおそれがある。よって,遺言者が,自筆に際して他人の介助が必要な程度の状況にあるならば,自筆証書遺言の作成は断念して公正証書遺言の作成を検討する方が無難ではないかと思われる。

  • 自筆証書遺言における「押印」

    自筆証書遺言を作成するには,押印が必須であるが,用いる印章(印鑑)には何の制限もないから,三文判でも良い。 とはいえ,100円ショップで売られているような印鑑,スタンプ印などを用いたのでは,真実有効な遺言を作成しようとした意思が疑われかねないから,実印や銀行印として使っている印鑑など,それなりに立派な印鑑を使っておくのが無難であろう。 印鑑ではなく指印でも良いとする判例もあるが(最判平成元年2月16日),同様の理由により指印は回避した方が良いだろう。

  • 自筆証書遺言における「日付」

    自筆証書遺言を作成するには,日付の記載が必須である。 日付の記載は普通に「平成17年5月12日」,「2005年3月4日」などと作成日を具体的に記載しておけばよい。漢数字でも構わない。「壱弐参」等を用いてもよいが通常そこまでする必要はないだろう。 「平成17年5月吉日」という記載は日付が特定できないから不可である。 日付は,遺言作成当時,遺言者に遺言作成能力があったか否かという判断基準時になる他,複数の遺言がある場合には後日付の遺言の方が優先することから,必ず具体的な日付が特定できる記載でなければならない。 具体的な日付が特定できれば良いのであるから,「私が還暦を迎えた日」といった記載も一応有効であるが,日付の記載として,あえてこのような日付の記載をする必要も乏しいのではないか。普通に日付を記載して,遺言の文章の中にでも「本日私は還暦を迎えました。そこでこの遺言を残すことにしました」などの記載をすれば良いであろう。 「日付」の問題でも「押印」の問題でも何でもそうであるが,問題を知らずに既に問題ある方法を取ってしまった場合は仕方がないが,これから遺言を残そういうのであれば,後にできる限り紛争の種を残さないよう,問題ある方法は避け,無難に作成しておくのが一番である。誰がどのように見ても有効な遺言を残しておけば,紛争が生じることもなく,紛争解決のために弁護士費用などの余計な出費を強いられたり手間暇をかけさせられることもない訳である。

  • 自筆証書遺言については検認という手続が必要

    自筆証書遺言の保管者や自筆証書遺言を遺言者の死後に発見した相続人は,この遺言書を家庭裁判所に提出して検認という手続を請求しなければならない(民法1004条)。これを怠った者には5万円以下の過料が課せられる(民法1005条)。 検認は,単に「このような体裁・内容の遺言書がありました」というのを公的な記録として残しておくというだけのものであり,その遺言の形式が法的に有効であるか否かとか,遺言内容がそのまま実現しうるものであるか等の実質面についての判断は含まれていない。 検認手続を怠ったからといって,遺言が無効になるわけではないが,検認手続を経ないと,遺言に基づく相続登記などができないことになる。逆に,検認手続を経たからといって,遺言書で記載されている内容がそのまま法的に実現されうるという保障もない。

  • 自筆証書遺言の特徴

    自筆証書遺言には,何といっても誰にもその内容を知られずに手軽に作成できるという特徴がある。 しかし,その手軽さゆえに常に偽造や変造がなされるリスク及び偽造・変造に係るものではないかと疑われるリスクを含んでいる。 また,遺言の保管方法についても特に定めがないため,真実遺言が作成されていたとしても,遺言者の死後,現実に遺言が発見されない危険性がある。自分に不利な遺言をたまたま発見した遺族がこっそりその遺言を捨てて頬かむりをしてしまえば,遺言内容が実現されない可能性が高い。 理屈上は,法的に有効な遺言が存在していた場合,遺言者の死後にその遺言が物理的に消失したとしても遺言は有効であるが,現物が見つからない以上,有効な遺言が真に存在したこと及びその内容を証明することは容易でない。 また,自筆証書遺言は誰にも内容を知られずに遺言を作成できることから,遺言内容に用いられている表現が曖昧であるなどの理由によって遺言内容の解釈について争いが生じたり,極端な場合には遺言の効力そのものが争われるという危険性もある。 その他,自筆証書遺言の場合,検認手続が必要である(公正証書遺言では不要)。

  • 公正証書遺言の作成方法

    公正証書遺言は,簡単に言えば,公証人にお金を払ってお願いして作ってもらう遺言である。 公正証書遺言は次のような手順で作成される。(1)証人2人以上が立ち会って,(2)遺言者が遺言の内容を口頭で公証人に伝え,(3)公証人がその内容を筆記し,(4)筆記した内容を公証人が遺言者と証人に読み聞かせ又は閲覧させ,(5)遺言者及び証人が間違いないことを確かめて,(6)遺言者及び証人が署名・押印し,(7)公証人が,以上の経過に従って作ったものである旨付記して署名・押印する。なお,遺言者が署名できないときは,公証人がその旨付記して署名に代えることができる。

  • 公正証書遺言の特徴

    公正証書遺言は,公証人という公務員が内容にまで関与して作成されるものであるから,偽造や変造のリスクはほとんどない。 遺言内容の解釈について争いが生じる可能性があるような問題点についても,公証人が指摘して適切な表現方法を工夫するなどの方法が取られるから,遺言の効力を巡って将来紛争が生じる危険性も低い(皆無ではない)。 また,公正証書遺言の場合,自筆証書遺言の場合に要求される検認手続は不要である。 さらに,公正証書遺言は原本を公証人が保管するから,有効な遺言がこっそり破棄されてしまうという危険性がなく,公証役場に照会することで遺言内容が正確に再現される。加えて近時は日本全国の公正証書遺言がオンラインで一元管理されており,遺言者の死後は,どの公証役場に照会してもその人が公正証書遺言を残していたか否かが判明する。 公正証書遺言の短所は,遺言内容が公証人や2人の証人に知られてしまうこと,手続が面倒で費用もかかることが挙げられる。

  • 秘密証書遺言の作成方法

    秘密証書遺言は,遺言内容はこっそり作成して封印し,封印した遺言を公証人に提出して,その遺言書が存在することを公に記録してもらう方法による遺言である。 秘密証書遺言は次のような手順で作成される。(1)遺言者が遺言書に署名押印して(ワープロ等で作成しても良い),(2)遺言者がそれを封じて遺言書に用いた印で封印し,(3)それを公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して自分の遺言書であることと自分の氏名・住所を述べ,(4)公証人がその提出日及び遺言者が述べたことを封紙に記載し,(5)公証人,遺言者及び証人が署名・押印する。 秘密証書遺言の場合,上記の通りワープロ等で作成しても良いが,自筆証書遺言の作成要領に従って自筆で作成しておけば,秘密証書遺言として無効と判断されるような事態が発生しても,自筆証書遺言として有効と認められる。

  • 秘密証書遺言の特徴

    秘密証書遺言は,公証人という公務員が遺言者の遺言であることを確かめることから,公正証書遺言の場合と同様に遺言の偽造や変造のリスクはほとんどない。ただし,公証役場には,遺言書の封紙の控えだけが保管されるだけなので,遺言書の本体が遺族等の手により隠されてしまったり破棄されてしまい,遺言の内容が分からなくなる危険が残存する。 また,遺言を封印した状態で公証人に提出することから,遺言の内容が公証人や証人に知られることがないというメリットがある。反面,公証人が遺言内容に関与しないことから,内容的に問題のある遺言について問題是正の機会が与えられないということが欠点にもなる。 また,自筆証書遺言の場合と同様に,遺言書の検認手続が必要である。

  • 特別方式による遺言

    自筆証書遺言,公正証書遺言及び秘密証書遺言という普通方式による遺言が不可能もしくは著しく困難な場合に遺言を残すための特別方式として,法は次のような遺言方式を定めている。なお,死亡危急者遺言と船舶遭難者遺言とを合わせて危急時遺言と言い,伝染病隔離者遺言と在船者遺言とを合わせて隔絶地遺言と言う。
    なお,特別方式による遺言は,普通方式による遺言が不可能もしくは著しく困難な場合の特例だから,普通方式の遺言ができるようになってから6ヶ月間遺言者が生存したときは特別方式による遺言は無効になる(民法983条)。

    特別方式による遺言
    方式この方式が許される遺言者遺言の具体的方法
    死亡危急者遺言(民法976条)疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者証人3人以上が立ち会い,そのうち1人に遺言の趣旨を口頭で伝え,これを伝えられた者が筆記して遺言者と他の証人に読み聞かせ又は閲覧させ,各証人が確認したうえで署名押印する。また,遺言の日から20日以内に家庭裁判所での確認手続を請求することが必要である。
    船舶遭難者遺言(民法979条)船舶が遭難した場合であって,死亡の危急に迫った者証人2人以上が立ち会い,そのうち1人に遺言の趣旨を口頭で伝え,これを伝えられた者が筆記して,各証人が署名押印する。また,遺言が作成されてから遅滞なく家庭裁判所での確認手続を請求することが必要である。
    伝染病隔離者遺言(民法977条)伝染病により行政処分により隔離された者警察官1人及び証人1人以上が立ち会って遺言を作成し(代筆で良い),遺言者,筆者(代筆の場合),立会った警察官・証人が署名捺印する。
    在船者遺言(民法978条)船舶中にある者船長又は事務員1人及び証人2人以上が立ち会って遺言を作成し(代筆で良い),遺言者,筆者(代筆の場合),立会った船長又は事務員・証人が署名捺印する。
  • 遺言書に対して加筆・訂正できるか

    遺言書の加筆・訂正は可能であるが,遺言書に加除その他の変更を施す場合には,遺言者がその場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつその変更箇所に押印しなければ変更の効力が認められない(民法968条2項)。 このように,変更方法が厳格に法定されていることから,加筆・訂正がなされた場合,その変更が法的に有効であるか否かの争いが生じる可能性がある。 よって,遺言書を修正するのであれば,加筆・訂正にはよらず,全体を作り直したほうが無難ではないかと考えられる。

  • 夫婦で共同して遺言することができるか

    遺言は2人以上の者が同じ証書でなすことはできないものとされている(民法975条)。これを共同遺言の禁止と呼ぶ。遺言は遺言者の意思に基づき自由に撤回できるが,共同遺言がなされると自由な撤回ができなくなるからであると言われている。 よって,どんなに仲良し夫婦であっても共同で遺言することはできず,夫と妻がそれぞれ自分の遺言を残すより他ない。 なお,2人の遺言が同一の紙に書かれていたとしても,内容が全く独立しており,切り離せば2通の独立した遺言書になるような場合にはそれぞれの遺言書として有効であるとした判例もあるが,無難に別の紙に記載しておくに越したことはないだろう。

  • 未成年者が遺言をすることができるか

    未成年者であっても満15歳以上であれば法的に完全に有効な遺言ができる(民法961条)。 通常の法律行為に関しては,未成年者の行為は後に取り消すことができるが,満15歳以上の者の遺言は未成年を理由に取り消されることもない。 遺言は本人の最後の意思であるから,法はできる限りこれを尊重しようとしたのである。 他方,15歳未満の者の遺言には遺言としての法的な効力は認められない。

  • いったん有効に成立した遺言を撤回することができるか

    遺言者の最終的な意思を尊重するのが遺言の目的であるから,遺言者が死亡するまでの間に心変わりをしたというのであれば,その心変わりも尊重される。
    よって,遺言者はいったん有効に遺言をしたとしても,その後遺言の全部又は一部を自由に撤回することができる(民法1022条)。
    撤回の方法は,遺言の方式に従って行えば足りる。撤回される遺言の方式と同じ方式でなくても良いから,公正証書遺言の内容を,自筆証書遺言により撤回することもできる。
    前回の遺言を撤回するという内容の遺言を新たに作成するのが撤回の典型例だが,次のような場合にも撤回があったものとみなされる。

    • 前の遺言と抵触する遺言がなされた場合は,抵触する部分について前の遺言を撤回したものとみなされる(民法1023条1項)
    • 遺言と抵触する生前処分(例えば,遺言で与えるとしていた財産を生前に全く別の者に贈与することなど)があった場合は,抵触する部分について前の遺言を撤回したものとみなされる(民法1023条2項)
    • 遺言者が遺言書を故意に破棄したときは,破棄した部分について遺言を撤回したものとみなされる(民法1024条前段)
    • 遺言者が遺言で与える(遺贈する)としていた目的物を故意に破棄したときは,破棄した目的物について遺言を撤回したものとみなされる(民法1024条後段)

    結局のところ,法は遺言者が一番最後に態度で示した意思を尊重しようとしているものと考えられる。
    同一遺言者による複数の遺言が存在する場合は,後の日付の遺言が優先することになる。この場合,遺言の形式は無関係であるから,最初の日付の遺言が公正証書遺言でなされていたとしても,後の日付の自筆証書遺言の方が優先することになる。

  • 遺言の撤回をさらに撤回した場合はどうなるか

    民法1025条は,「撤回された遺言は,その撤回の行為が,撤回され,取り消され,又は効力を生じなくなるに至ったときであっても,その効力を回復しない。ただし,その行為が詐欺又は強迫による場合は,この限りでない。」としている。 よって,詐欺や強迫によって遺言を撤回させられた場合は,その撤回行為を取り消すことによって遺言の効力が復活することになるが,それ以外の場合は,いったん撤回された遺言の効力は復活しないものとされている。 しかし,これではあまりにも杓子定規な結論になってしまって不都合な場合があることから,判例は,遺言者が遺言を撤回する遺言をさらに別の遺言をもって撤回した場合において,遺言書の記載に照らし,遺言者の意思が当初の遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは,当初の遺言の効力が復活すると判断した(最判平成9年11月13日)。 とはいえ,「撤回の撤回」などという行為が紛らわしい行為であることは明らかであるから,死後に無用な論争を呼ばないよう,最終の遺言書には,結論としての自分の最終的な意思を明示しておいた方が良いと考えられる。

  • 遺言に記載された事項の解釈はどのように行うべきか

    遺言の意図するところがその記載から一義的に明確である場合は問題でないが,場合によっては記載方法が曖昧であったり多義的であったりして遺言者の真に意図するところが何であったかの解釈を要する場合がある。 このように,遺言の解釈をする場合の基準について,判例は,「遺言の解釈にあたっては,遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく,遺言者の真意を探求すべきものであり,遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても,単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出してその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく,遺言書の全記載との関連,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探求し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である」としている(最判昭和58年3月18日)。 また,判例は,「遺言の解釈は遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが,可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんである」としている(最判平成5年1月19日)。 このように,最高裁は,人生最後の意思をできる限り尊重しようとする姿勢を示している。

  • どのような場合に遺言は無効となるか

    遺言特有の無効原因として,次のような事情がある場合には当該遺言は法的に無効とされる。

    • 方式が法律で定める方式に従っていない場合(例:ワープロ作成の自筆証書遺言など)…民法960条
    • 遺言能力がない者の遺言(15歳未満の者の遺言)…民法961条
    • 2人以上の者が同一の書面でなす共同遺言である場合…民法975条
    • 被後見人が,後見人又はその配偶者若しくは直系卑属の利益となるような遺言をした場合(ただし,直系血族,配偶者又は兄弟姉妹が後見人である場合は無効とならない)…民法966条

    その他,法律行為一般の無効原因として,次のような事情がある場合には当該遺言は法的に無効とされる。

    • 遺言の内容が公序良俗に反する場合(民法90条)
    • 錯誤によって遺言を作成した場合(民法95条) など

    無効な遺言は,後の取消などの行為を待つことなく作成時から当然に無効であって,遺言としての法的な効力が認められない。

  • 誰かに騙されて作成した遺言を取り消すことができるか

    詐欺によって意思表示をした場合,その意思表示は取り消すことができるものとされているから(民法96条1項),詐欺によって騙されて遺言をした場合,その遺言も取り消すことができる。 ただ,前述したとおり,遺言は他の法律行為と異なり,遺言者が自由に撤回することができるから,通常はわざわざ相手方に対して「詐欺だから先の遺言を取り消す」などと取消の意思表示をするまでもなく,単に詐欺によってなした遺言を撤回すれば足る。 しかし,詐欺による遺言作成後に,遺言者が事実上遺言を撤回できないような状態になる場合も考えられるから(遺言者が意識不明の重体に陥った場合など),そのような場合には遺言者の法定代理人が詐欺による遺言を取り消すことになろう。

  • 封印された遺言書を発見した場合はどうすれば良いか

    遺言者の死亡後に封印された遺言が見つかった場合は,勝手に開封してはならない。 封印された遺言の開封は,家庭裁判所で相続人またはその代理人の立会の下で行わなければならず(民法1004条3項),これに違反した場合,5万円以下の過料(※罰金のようなもの)に処せられる(民法1005条)。 なお,秘密証書遺言が有効になるためには封印が必要であるから,秘密証書遺言は常に封印されている。

  • 遺言内容を実現するために実際に遺言を執行するのは誰か(遺言執行者)

    遺言内容を実現する必要がある時には,当然ながら遺言者は死亡しているから,遺言者自身が遺言内容を実現するために各種の手続(遺産である不動産の登記,預貯金の解約・分配,有価証券の名義変更,受遺者への財産の引渡し等)をすることはできない。
    このような遺言の執行は,基本的には相続人が行っても良いものとされているが,遺言執行をすることを権限とする遺言執行者を定めて,この者に遺言の執行を委ねることも可能である。遺言執行者の選任は,遺言による(直接「遺言執行者は誰々とする。」と指定しても良いし,「遺言執行者は誰々が指定する。」というように指定を第三者に委託しても良い)か(民法1006条1項),相続人・遺贈を受けた者等の利害関係人が家庭裁判所に遺言執行者を定めるよう請求することにより選任される(民法1010条)。
    なお,次のような場合は,相続人が適正に遺言を執行することが一般的に期待できないので,必ず遺言執行者を置かなければならないものとされている。

    • 遺言による子の認知(民法781条2項,戸籍法64条)…遺言執行者が戸籍上の届出を行う。
    • 遺言による相続人の廃除・その取消(民法893条・894条)…遺言執行者が家庭裁判所に審判を請求する。

第6章 遺贈

  • 遺贈(いぞう)とは何か

    遺贈とは,遺言によって自分の財産を無償で他人に与えることである。 遺言者は,自分の遺産の一定割合(例:「遺産の4分の1」)又は遺産に属する特定の財産(例:「私の自宅建物」)を遺言によって処分することができるものとされており(民法964条),これが遺贈である。前者を包括遺贈と呼び,後者を特定遺贈と呼ぶ。法定相続人ではないが,生前世話になった人に遺言をもって自分の遺産の全部又は一部を与えるようなケースが遺贈の典型例である。 遺贈によって利益を受ける者を受遺者(じゅいしゃ)という。

  • 遺贈と相続との違い

    相続人以外の者が遺言に基づいて財産が与えられたとすれば,それは通常遺贈によるものであると考えられる。
    ただ,受遺者となりうるのは相続人以外の者には限られず,相続人が受遺者となることもできるから,相続人が遺言に基づいて財産を与えられたとすれば,遺贈による場合と相続による場合(遺言による遺産分割方法の指定として,特定の財産がその相続人の取り分と指定された場合)とが考えられる。そこで,遺贈と相続との違いが問題となる。両者の主な相違点は次の表の通りである。

    遺贈と相続との相違点
    遺贈相続(遺産分割方法の指定)
    相手方相続人に限らない相続人に限る
    相手方が与えられた財産を欲しない場合当該遺贈を自由に放棄することができる(民法986条1項)。相続そのものを放棄しない限り当該財産が与えられることを放棄できない。
    登記手続登記義務者である相続人と受遺者との共同申請となる。当該財産を与えられた相続人の単独申請で移転登記が可能とされている(現在の登記実務)。
    登記の際の登録免許税標準課税額の1000分の25(贈与と同じ扱い)標準課税額の1000分の6
    対象物が農地であった場合所有権移転につき知事の許可が必要。左のような許可は不要。

    上の表の通り,遺贈よりも相続のほうが登記手続の面及び登記の際の登録免許税の点で有利である。
    そこで,遺言によって相続人に遺産を分け与える場合は,遺贈ではなく相続による取得であることを明らかにするために,例えば「長男の一郎に自宅の土地・建物を与える」といった表現ではなく,「自宅の土地・建物は長男の一郎に相続させる」といった表現(「『相続させる』遺言」と呼ばれる)が採用されることが多い。

  • 遺贈と死因贈与との関係

    遺贈とよく似たものとして死因贈与がある。これは,贈与する者が死んだ時に贈与の効力が発生する贈与契約である。例えば,「私が死んだら自宅の土地・建物を無償で甲に与える」という内容の契約がこれにあたる。 遺贈は遺言という遺言者が単独で行う行為に基づいて財産を与えるものであるのに対して,贈与は財産を与える者と財産を受ける者との間の契約であるから両者は法的には異なる。 遺贈は遺言によってなされるから,法的に有効な遺言書に記載される必要がある。これに対して死因贈与は贈与契約であり,贈与契約については必ずしも書面を作成することが要求されないから,口約束による死因贈与も法的には有効である(ただし,重要な財産の贈与については後の紛争を避けるため書面を作成した方が好ましい)。 一般に,書面によらない贈与契約は,履行前は自由な撤回が可能であるが,書面による贈与契約は,このような自由な撤回ができないものとされている(民法550条)。 ただし,死因贈与については遺贈についての規定が準用されるから(民法554条),書面によって死因贈与をした場合であっても原則として(例外として,負担付死因贈与で贈与を受ける者が既にその負担を履行済みの場合がある)自由に撤回することができ,その撤回の方法も必ずしも遺言の方式でなすことを要しないとするのが判例である(最判昭和47年5月25日)。

  • 遺贈に対する制約−遺留分による制約

    遺贈は,遺言者が自分の財産を処分するだけのものであるから,原則として誰にどのような財産を与える遺贈をなそうとも自由であるのが原則である。 しかし,法は一定範囲の相続人に,遺産の最低限の取り分としての遺留分(いりゅうぶん)を認めており,遺贈によってこの遺留分にも満たない財産しか得ることができなくなった相続人は,自分の遺留分が侵害される限度で遺贈の効力を否定することができる(遺留分制度)。 よって,遺贈の自由は遺留分の限度で制約を受けることになる。

  • 遺贈に対する制約−公序良俗違反−愛人に対する遺贈

    妻子持ちであった遺言者が,遺贈によって遺産を愛人に与えた場合,この遺贈は有効か。 判例は,不倫関係の維持継続を目的とする遺贈は公序良俗に反し無効(民法90条)としている(最判昭和18年3月19日)。 しかし,判例は,愛人に対する遺贈であっても,それが不倫関係の維持を目的とするものではなく,愛人の生活を保持する目的のものであって,その遺贈が相続人らの生活の基盤が脅かすものとはいえない場合には遺贈は有効であると判断している(最判昭和61年11月20日)。 よって,目的によって遺贈が有効か無効かが判断されることになる。

  • 一定の負担をさせることと引き換えになす遺贈−負担付遺贈

    完全に無償で遺産を与えるのが遺贈の典型パターンであるが,遺産を与える代わりにその者に一定の負担を負わせるという形の負担付遺贈も有効である。例えば,「遺産中の自宅土地・建物は甲に与える。その代わり甲は寝たきりのAが死ぬまで経済的な面倒を見ること」といった内容の遺贈が考えられる。 負担の方が遺贈の目的物の価額を超える場合は,遺贈の目的物の価額を超えない限度においてのみ負担をすれば良いものとされている(民法1002条1項)。 遺言者の死亡後,遺贈を受けた者はこのような負担付遺贈を放棄することができるが(民法988条1項),その場合は,負担によって利益を受けるべき者(受益者)が自ら受遺者となることができる(民法1002条2項)。上記の例で言えば,甲が遺贈を放棄すればAが受遺者となることができる。 負担付遺贈を受けた者が,その負担した義務を履行しないときは,相続人は,相当の期間を定めて履行を催告し,期間内に履行がなければ,その負担付遺贈にかかる遺言の取消を家庭裁判所に請求することができる(民法1027条,取消請求権)。 この取消請求権が行使されると負担付遺贈の効果が消滅し,その遺産は相続人に帰属することとなるが,その場合は,負担部分も相続人に帰属すると解すべきであろう。

  • 「遺産全部を与える」「遺産の4分の1を与える」等とする遺贈−包括遺贈

    与える遺産を特に指定せず,遺産全部又は遺産の一定割合を与える内容の遺贈を包括遺贈といい,包括遺贈を受ける者を包括受遺者という。なお,包括遺贈とは逆の概念で,与える遺産が個別に指定されている遺贈を特定遺贈という。
    包括受遺者は,相続人の同一の権利義務を有するものとされ(民法990条),積極財産だけでなく債務等の消極財産も受け継ぐこととなる。
    特定遺贈の放棄は,遺言者の死亡後いつでもできるものとされているが(民法986条1項),包括遺贈の放棄は相続放棄と同じ手続で行うこととなる。
    相続人と包括受遺者とでは次のような相違点がある。

    相続人と包括受遺者の相違点
    相続人包括受遺者
    遺留分の有無遺留分による保護を受ける遺留分による保護なし
    代襲相続の有無代襲相続あり代襲相続なし
    共同相続人の相続放棄があった場合それによって相続分が増える遺贈を受けた持分は増えない
    持分の対抗要件登記なくして持分を第三者に対抗できる持分は登記しないと第三者に対抗できない
    なりうる資格自然人に限られる法人も包括受遺者になりうる

第7章 遺留分

  • 遺留分(いりゅうぶん)とは何か

    そもそも遺産は被相続人の財産であるから,これを遺言その他の手段によりどのように処分しようとも被相続人の自由であるのが原則である。 しかし,例えば,被相続人が遺言によって全財産を赤の他人に与えてしまうようなことが認められると,被相続人の生前,被相続人の財産に依拠して生活していたような者にとっては死活問題である。 そこで,法は,被相続人の財産処分の自由と,相続人の保護とのバランスを考慮して,遺産のうちの一定割合を一定範囲の相続人が相続する権利を保障するという制度を設けている。これが遺留分制度であり,権利を保障された一定割合の取り分を遺留分という。遺留分が認められる相続人を遺留分権利者という。

  • 誰が遺留分権利者か

    遺留分権利者は,兄弟姉妹を除く法定相続人である。つまり,被相続人の(1)配偶者,(2)子またはその代襲者又は(3)被相続人に一番近い直系尊属のうち,相続人となる者が遺留分権利者である。 遺留分権利者は,相続人であることが前提となっているから,相続欠格,廃除,相続放棄という事由がある者は相続人たりえず遺留分権利者になれない。 上記で明らかな通り,被相続人の兄弟姉妹は遺留分権利者ではないから,兄弟姉妹のみが相続人であるケースにおいては,遺留分制度によって保護される者はおらず,被相続人は遺言等により遺産を自由に処分することができる。その結果,兄弟姉妹が全く相続を受けられないことになったとしても,法的には兄弟姉妹は保護されない。

  • 誰にどのような割合の遺留分が認められるか

    遺留分権利者に認められる遺留分の割合(遺留分率)は,次の通りである。

    相続人となる者遺留分率
    被相続人に一番近い直系尊属のみ遺留分権利者全員で遺産の3分の1
    上記以外遺留分権利者全員で遺産の2分の1

    遺留分権利者が複数いる場合は,上記遺留分率を,それぞれの法定相続分の割合に従ってさらに分配したものが各自の遺留分となる。よって,遺留分が認められない場合も含めて,次の類型の相続人の組み合わせごとに遺留分を具体的に示すと下の表の通りとなる。

    1. 配偶者
    2. 子またはその代襲者
    3. 被相続人に一番近い直系尊属
    4. 兄弟姉妹又はその代襲者
    相続人1の遺留分2の遺留分3の遺留分4の遺留分
    1のみの場合1/2
    2のみの場合1/2
    3のみの場合1/3
    4のみの場合
    1と2の場合1/41/4
    1と3の場合1/31/6
    1と4の場合1/2

    上記1から4の類型の相続人が複数存在する場合,各自の遺留分は基本的に頭割りとなるが,嫡出子と非嫡出子とが存在する場合など例外もあるので,詳細は「相続分」の章を参照されたい。

  • 具体的な遺留分の金額はどのように算出するか

    各遺留分権利者の遺留分の金額は,遺留分算定の基礎となる財産の額に,各自の遺留分の割合(遺留分率)を乗じて算出することになる。

    (算式)

    各遺留分権利者の遺留分の金額遺留分算定の基礎となる財産の額×各自の遺留分の割合(遺留分率)

    遺留分算定の基礎となる財産の額は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその生前贈与した財産の価額を加えた額から,債務の全額を控除して算出する(民法第1029条)。

    (算式)

    遺留分算定の基礎となる財産の額相続時の遺産の価額生前贈与した財産の価額相続債務の額

    ここで,生前贈与した財産とは,原則として相続開始前の1年間になされた贈与契約に限られるが(民法第1030条前段),例外的に,1年以上前の贈与でも,贈与契約の当事者双方が遺留分の侵害があることを知って贈与したときは参入される(民法第1030条後段)。
    また,生前贈与が相続人に対してなされ,それが特別受益に該当する場合には,これも加算した金額が相続財産とみなされるところ(民法第903条),この条文は遺留分についても準用されるから(民法第1044条),このような特別受益に該当するような生前贈与は,相続開始の1年以上前になされたものであっても遺留分算定の基礎となる財産の額に加えられることになる。

  • 遺留分の侵害額はどのように算出するか

    遺留分の侵害は,遺産分割の結果相続人が最終的に手にすることができた利益が,既に述べた各遺留分権利者の遺留分の金額に満たない場合に認められ,その不足分が遺留分の侵害額である。

    (算式)

    遺留分の侵害額遺留分権利者の遺留分の金額遺産分割の結果その者が最終的に獲得した利益

    遺産分割の結果最終的に獲得した利益は,次のように計算される。

    (算式)

    最終的に獲得した利益特別受益及び寄与分を考慮して決定された各相続人の相続分の額当該相続人が得ることができた特別受益当該相続人の相続債務の分担額
  • 遺留分と寄与分

    具体的な遺留分の金額の算出方法については前述したが,それで分かる通り,遺留分算定の基礎となる財産の額には特別受益に該当する生前贈与の金額が加算され,特別受益の金額が考慮される(民法第1044条が民法第903条を準用している)。 他方,寄与分については法律の条文上は遺留分の金額の算出過程において考慮されない(民法第1044条は民法第904条の2を準用している)。よって,相続財産の中に,特定の相続人の寄与によって増大した部分がどんなに多く含まれている場合であっても,遺留分権利者全員の遺留分が,その増加した相続財産の額を基礎として計算されることになる。 その結果,遺贈や生前贈与がなされない場合には,寄与分のある相続人が寄与に相当する相続財産を取得でき,遺留分減殺請求が行使される余地もないのに対し,被相続人が相続人の寄与に報いるためにその相続人に対して寄与相当額を遺贈した場合には,その他の相続人である遺留分権利者が,寄与分のために増大した遺留分の金額を前提として,遺留分減殺請求をなしうるという状況が発生しうる。 このような,矛盾した状況が発生する法律の条文どおりの結論をそのまま認める解釈は一般的ではなく,寄与分を定めるにあたっては各共同相続人の遺留分の金額も考慮すべきであるとするなど,寄与分と遺留分との間に一定の関係を認めようとする解釈が一般的である。 この問題の取扱について,最高裁判所の判例ではないが,他の共同相続人の遺留分を侵害するような過大な寄与分を認めた審判を取り消した高等裁判所の判例がある(東京高決平成3年12月24日)。

  • 遺留分を侵害された者にはどのような権利が認められるか−遺留分減殺請求権

    遺留分を侵害された者には,侵害された額を取り戻す権利(遺留分減殺請求権)が認められている。 遺留分減殺請求権を行使できるのは,遺留分権利者及びその承継人である。承継人には,包括承継人(遺留分権利者の相続人)の他,特定承継人(例えば,減殺によって取り戻される遺贈の目的物を譲り受けた者など)も含まれ,これらの者が遺留分減殺請求権を行使できる。 遺留分減殺請求の相手方は,被相続人から遺贈や贈与を受けた者である。

  • 遺留分減殺請求の対象・相手方

    遺留分が侵害されているということは,前述の遺留分の侵害額の算出方法において,遺留分の侵害が肯定されるに至るような遺贈や生前贈与等を被相続人が行ったということである。
    よって,遺留分減殺請求の対象は,このような遺贈や生前贈与等であり,類型的に示すと次の通りである。

    • 遺贈
    • 相続開始1年前までの贈与
    • 贈与契約の当事者双方が遺留分の侵害があることを知ってなした贈与
    • 相続人に対する特別受益に該当する生前贈与

    そして,これらの遺贈や贈与を受けた者が遺留分減殺請求権行使の相手方ということになる。

  • 遺留分減殺請求権の行使方法

    遺留分減殺請求権は,遺留分を侵害された者から,相手方に対して,「私は遺留分減殺請求権を行使する」という意思表示を行うことによってなす。 法律上は,裁判による必要もなく,書面でなす必要もないが,遺留分減殺請求がなされたか否かが後日争われることのないよう,裁判外でなす場合には内容証明郵便で行うのが無難であろう。

  • 遺留分減殺請求権を行使しなかったらどうなるか

    遺留分減殺請求権は権利であって,これを行使する義務はない。 よって,遺留分減殺請求権を行使しなければ,たとえ遺留分を侵害する生前贈与であろうと遺贈であろうと,生前贈与・遺贈による法的効果がそのまま認められることになる。 つまり,遺留分を侵害する生前贈与や遺贈も当然に無効となるものではなく,遺留分減殺請求権が行使されて初めて遺留分を侵害している限度でその効力が否定されるに過ぎない。

  • 遺留分減殺の対象となる贈与や遺贈が複数あるときはどのように減殺されるのか

    遺留分減殺請求権は,各自の遺留分を確保するために必要な限度でのみ認められるものである(民法1031条)。 減殺の対象となる贈与・遺贈が複数ある場合,まずは遺贈が減殺され,それでも遺留分が確保されなければ贈与が減殺される(民法1033条)。 減殺の対象となる遺贈が複数ある場合,遺留分権利者の側で減殺対象を選ぶことはできず,原則として遺贈全体について価格の割合に応じて減殺されることになる(民法1034条)。ただし,遺贈者が遺言で別段の意思を表示していたときはそれに従って減殺される(同条但書)。 減殺の対象となる贈与が複数のときは,新しい贈与から古い(昔の)贈与の順に減殺される(民法1035条)。ここで「新しい」か「古い」かは贈与契約締結時の先後と解されている。ただし,死因贈与の取り扱いについて,最高裁判所の判例がなく学説は分かれているが,高裁判例は死因贈与は遺贈に近いから,(贈与契約締結時にかかわらず)贈与の中でまず最初に減殺すべきとする(東京高判平成12年3月8日)。

  • 贈与を受けた者に対して遺留分減殺しようとしたところ,この受贈者が無資力だった場合はどうなるか

    生前贈与が遺留分減殺請求の対象となるものの,減殺請求をしようとした時点ではその受贈者が既にお金を持っておらず無資力であるという場合が考えられる。 このような場合につき,法は「減殺を受けるべき受贈者の無資力によって生じた損失は,遺留分権利者の負担に帰する。」と定め(民法1037条),この受贈者から取り戻せなかった分を他の受贈者や受遺者から取り戻すことはできないものとしている。

  • 遺留分減殺請求権者が複数いる場合はどのように権利行使されるか

    遺留分減殺請求権は,各自の遺留分を確保するために必要な限度でのみ認められるものであるから(民法1031条),遺留分権利者が複数いる場合は,各自の侵害額の割合に応じて減殺請求すると解すべきである。 減殺請求を受ける者に十分な資力がない場合,「早い者勝ち」として減殺請求権を早く行使した者の順で減殺を認める(減殺請求権を行使するのが遅れた者が相手方の無資力の危険を負担することになる)のではなく,減殺額は各遺留分権利者の侵害額の割合に応じた割合で認められると解すべきである。

  • 遺留分減殺請求権を行使するとどのような効果が発生するのか

    遺留分減殺請求権の目的は,遺留分を確保するために贈与や遺贈の効力を奪うことにある。 よって,金銭の贈与や遺贈が減殺された場合,まだ履行されていない部分についてはもはや受贈者・受遺者からの履行請求はできなくなるし,すでに履行済みの分については返還を請求することができる。 例えば,「自宅の土地・建物を与える」というように,特定物を目的とする贈与・遺贈については,当該目的物の現物を返還することが原則であるとされている。 しかし,受贈者・受遺者は,現物返還の代わりに価額を弁償するという選択肢を選ぶことができる(民法1041条1項)。ただし,単に「価額弁償する」という意思表示をするだけでは現物の返還義務は免れず,現実に価額の弁償を履行し又はその弁償のための弁済を提供してはじめて現物の返還義務を免れるとされる(最判昭和54年7月10日)。 このような価額弁償がなされる場合の当該目的物の評価額は,現実に弁償がなされる時を基準時として評価された金額となる(最判昭和51年8月30日)。

  • 遺留分減殺請求を受けた受贈者が贈与を受けた物を既に他人に譲渡している場合の取り扱い

    不動産等の特定物の贈与を受けた者が,遺留分減殺請求を受けるよりも前に,当該贈与の目的物を既に他人(転得者)に譲渡している場合,当該受贈者は価額を弁償しなければならないとされている(民法1040条1項)。このような取り扱いは,遺贈の場合も同様であるとされる(最判昭和57年3月4日)。 遺留分減殺請求権者は,原則として転得者に対しては何も請求できないが,例外としてその転得者が悪意であったとき,すなわち当該転得者が譲渡を受けた当時,遺留分を侵害することを知っていたときは,遺留分権利者は転得者に対しても遺留分減殺請求権を行使することができ(民法1040条1項但書),当該目的物の現物返還を求めうる。ただし,この場合の転得者も価額弁償を選択することができる(民法1041条2項)。

  • 遺留分減殺請求を受けた受贈者は,贈与された物についての時効取得を主張できるか

    相続発生から10年以上前になされた贈与であっても,贈与契約の当事者が悪意である場合には遺留分減殺請求の対象とされている(民法1030条参照)。 そこで,遺留分減殺請求を受けた受贈者が,贈与を受けた後に所定の取得時効期間が経過したものとして(民法162条),取得時効を主張できるかが問題となる。 この点につき,判例は,受贈者がたとえ時効を援用しても,遺留分減殺請求が優先するものと判断した(最判平成11年6月24日)。

  • 相続人の一部のみに過大な相続分が指定された場合に遺留分減殺請求が可能か

    遺留分が侵害されるのは,生前贈与や遺贈がなされた場合のみに限られず,相続人の一部のみについて過大な相続分が遺言により指定された結果,その他の相続人の取り分が少なくなり遺留分に満たなくなる場合が考えられる。 この場合,遺留分を侵害する限度でそのような相続分の指定自体がそもそも無効になるとする見解もあるが,贈与や遺贈の場合と同様に,遺留分減殺請求が可能と解するのが通説的考え方である。 よって,遺留分を侵害する相続分の指定も,当然には無効ではなく,遺留分減殺請求がなされない限り,指定どおりの相続分が認められることになる。

  • 遺留分減殺請求をしようとする相手方にも遺留分がある場合の取り扱い

    共同相続人どうしで遺留分の侵害が生じる場合,遺留分減殺請求の相手方も相続人であるから,この者にも遺留分があることが考えられる。 この場合,遺留分減殺請求を受けた結果,その者の遺留分が侵害される結果となったのでは取扱があまりに煩雑なものになってしまう。 そこで,判例は,相続人に対する遺贈が遺留分減殺対象となる場合においては,この遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分を超える部分のみが遺贈の目的(民法1034条)として減殺の対象になり,このような取り扱いは,特定の遺産を特定の相続人に相続させるという趣旨の遺言による遺留分の侵害の場合も同様であるものと判断した(最判平成10年2月26日)。

  • 自己の遺留分を相続開始前に放棄することはできるか

    相続開始前に相続そのものを放棄することはできないが,自己の遺留分については家庭裁判所の許可を得て予め放棄することができる(民法1043条1項)。遺留分が予め放棄されていれば,特定の者のみに遺産を全額与えるような遺贈や生前贈与がなされても,将来遺留分減殺請求を受けるおそれがなくなる。 家庭裁判所の許可が必要とされる理由は,遺留分の放棄が,他者によって強要される等の不合理な状況がないかを家庭裁判所が確認するためである。 相続開始後に相続そのものが放棄されれば,その分他の相続人の相続分が増加することになるが,遺留分については遺留分の放棄がなされても,他の遺留分権利者の遺留分は増加しない(民法第1043条2項)。放棄された遺留分相当額は,被相続人が自由に処分できる財産の増加にあてられることになる。 遺留分の放棄があっても,これは相続放棄ではないから,相続人の地位は失われない。

  • 相続放棄がなされた場合,その者が有していた遺留分はどうなるか

    遺留分の放棄がなされても,他の者の遺留分には影響がないことは既に述べた。 しかし,遺留分ではなく相続そのものが放棄されればその者ははじめから相続人とならなかったものとみなされるから(民法939条),その者の遺留分も観念することができず,結局他の者の遺留分は相続放棄がなかった場合と比べて増加すると考えられる。

  • 遺留分減殺請求権の行使については期間制限がある

    遺留分減殺請求権の行使は,遺留分権利者が相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年,相続開始の時から10年の期間制限にかかる(民法1042条)。 この期間内に遺留分減殺請求権を行使しなかった場合には,もはや遺留分を主張することができなくなる。 減殺すべき贈与や遺贈があったことを知っていれば,減殺請求できる額までは知らなくても期間は進行すると解されるし,その贈与や遺贈が法的に無効であるとして裁判で争っている(ので,法的には贈与や遺贈がないと思っていた)というだけでは期間の進行は否定できないというのが判例であるから(最判昭和57年11月12日),遺留分権利者としては,あやしげな贈与や遺贈に気づいた場合はすみやかに内容証明郵便などで遺留分減殺請求権を行使するという意思表示をしておくべきである。減殺請求権が空振りに終わったところで特段の不利益はないし(郵送料くらいのものであろう),減殺請求権の行使によって確保した自己の遺留分について後でじっくり考えて放棄することも自由である。